『エロゲーとわたし』 連載第二十回

2000年9月14日。
 今回は『女郎蜘蛛』の話だ。『女郎蜘蛛』の事を考えると、べったりと心に貼り付いたまま去る事の無い悔悟の念が湧き起こる。実力もかえりみずに突っ走り、当時の持てる物全てを注ぎ込んで、どの作品よりも愛おしんだが、結局、不出来に終わった可哀想な子供。
 『PILcaSEX』の仕事が終わってすぐ『女郎蜘蛛』の企画は始まった。
 聞く所によると、『大正で縄』と言い出したのが社長で、それに『フリー縄縛りシステム』を搭載する事を提案したのが猫田さんだったらしい。
 推測するに、社長の頭にあったのは『女郎蜘蛛』=『縄SEEK』だったのだろう。それ以上もそれ以下も考えていなかったと思う。
 僕が猫田さんに口頭で指示されたのは『大正で館で縄』という三題噺の様なコンセプトだけだった。この時点では企画書は無かった。そして最後まで書かれる事は無かった。書く余裕など無かった。
 大正時代か………そう聞いた時頭に浮かんだのは、袴姿で自転車に乗ってる南野陽子だった。そう『はいからさんが通る』だったのだ。後は大正デモクラシー。浅草十二階。第一次世界大戦。大恐慌。関東大震災。帝都物語。『サクラ大戦』はプレイしていなかった。
 早速、僕は検討を始めた。気負っていた。『エレクト大戦』『SEX2』とは違って初めて自社ブランドから出る規模の大きなゲームだったし、今まで漠然と頭の中だけにあった理想のゲームを実現しようと言う大それて無謀な野心もあった。なぜ、それが理想であり現実で無いかなど考えても見なかった。
 最初、舞台となる館の所在は浅草に、という設定だったが、これでは館の秘密めいた所が減るという猫田さんの意見に従って、ごく初期の段階で武蔵野に変更になった。この変更は旨く作用したと思う。
 ゲーム期間は一ヶ月、ヒロインは三人と言うのも早かった。勿論『SEEK』と同じである。この段階では独自性は全くない。

 では、どの時点で『SEEK』と『女郎蜘蛛』が、これほど印象の違うゲームになる事が決定的になったのだろう。

 3人のヒロインが未亡人、長女、次女というのも割と直ぐに決まった。
この時点ではメインヒロインは次女であった。次女は活発で明朗、文字通りハイカラさんで、華やかなイメージから『蝶子』と名付けた。長女は物静かで『静子』。だ
が、次女はハイカラさんだからもっと洋風な名前がいいのでは、と言う猫田さんの指摘により『茉莉絵』と変更され、浮いた『蝶子』は長女の名前となった。
 こうして、『茉莉絵』『蝶子』が誕生した。『未砂緒』に関しては正直余り覚えていない。猫田さんの提案でつけられた名前だった気がする。
 この時点での私のシナリオのイメージでは、利発な次女が屋敷で夜な夜な響く怪しい物音の秘密を探ろうとして捕らえられ、過酷な調教を受ける羽目になるという感じだった。茉莉絵はとらわれの少女探偵のイメージだったのだ。この時点で茉莉絵が一週間遅れで調教を開始すると言う事も決定していた。

 さて、こうして三人の名前は決まったものの、次女に比べて長女と未亡人はまだ曖昧だった。どうして彼女たちは調教されているのか? それになぜ主人公は彼女たちを調教するのか?
 未紗緒が未亡人と言う設定になった理由は単純で、未亡人と言う設定は色っぽいし、旦那を書くのも面倒だと言うどうでもいい理由だった。蝶子が無口な美少女と言うのも、単に当時流行しつつあった美少女像だったからに過ぎない。頭がいいと言う設定もあったが、これも単に頭のいいキャラが好きと言う趣味に過ぎなかった。
 だが、結局、そんな安易な事ではキャラは動いてくれない。まだ彼女達は、ただの設定に過ぎなかった。

 僕は悩みだした。

 悩みだした僕は、そもそも縛ると言う事は何なのか? その事を猫田さんと何度か話した。悩みを紛らわせる為の雑談、と言う方が正しいだろう。
 身体を縛る事? YES。だがそれだけでは無い筈だ。引っ越しの梱包とは訳が違う。身体を縛ると言うのは、恐らく身体を縛ると言う事を通して、何かを縛ると言う事なのだ………だが、何かとは何だろう? これが全ての中心の筈だ。
 僕らの出した結論は、身体を通して心を縛ると言う事だった。それは具体的にはどういう事か………それを見せるのが『女郎蜘蛛』のシナリオでなければならなかった。
 彼女達の人生はがんじがらめに縛られている………そこに主人公も否応なく巻き込まれて縛られていく………そして全てのしがらみを断ち切るカスタトロフ。
 大正時代のカスタトロフと言えば………関東大震災!! 何とおあつらえ向きなカスタトロフ!! こうして全体のイメージは決定した。
 この時点で、僕の頭の中から『SEEK』は綺麗さっぱり消えていた。これ以降、意識する事すら無かった。正直言えば、ゲームシステムはどうでも良くなり、シナリオだけが僕の全てになった。これは結果として、シナリオと調教部分のアンバランスになって跳ね返って来るのだが、当時の僕は掴みかけているイメージに夢中だったのだ。

 考えることは山ほどあった。どうして主人公が彼女たちの人生に巻き込まれるのだろうか………未紗緒が主人公を何らかの形で呼ぶのはいいとして、なぜ自分を調教させるのだろう。それは未紗緒に被虐癖があるからだとしても、華族の婦人である未紗緒が、街を歩いて主人公に声を掛けて『そこの格好いい兄さん、ちょっと私を縛っておくれでないかい? 金ならたっぷり弾むよ!!』とかやらせる訳にもいかない。
 悩んでいた僕は、映画館で『アンダーグランド』というユーゴスラビアの映画を見た。
画面でちょび髭の詐欺師が滑稽で哀しい人生を送っていた。誰よりもインテリで詩人で、そのくせ悪になりきれない男。それを見てひらめいた。『これだ!!』と思った。未紗緒に惚れている詐欺師………こうして妙にバタ臭い中畑伊佐治が誕生した。この重くシリアスな話の中で貴重なギャグメーカーとして活躍させられるという計算もあった。
 この男が助手として主人公を館へ導くと言うプロットでいける!!
 伊佐治はピエロだから、自分が主人公を選んだと思っているが、その背後には未紗緒の意志が働いている、とすればいい。伊佐治は自分が人を踊らせていると思っているが、結局は一番滑稽な踊りを踊っているのだ。
 では、なぜ未紗緒は主人公を選んだのか。理由は簡単だ。主人公は亡き夫に似ている事にすればいい。そして陰謀のパートナーとして選んだ伊佐治にうんざりして、もっと頼りになり顔も良く若い男を捜していたのだ。
 主人公が帝大生と言う設定にすれば、選ばれるだけの知性があると言う保証にもなる。

 停滞していた物が転がり出す。
 旨いようにはまっていく。
 考えるのが楽しくてしょうがない。

 蝶子はなぜ虐待を甘んじて受けているのか………小さい頃から屋敷に閉じ込められ、そういう人生を受け入れるしか無かったからだ。彼女にとって人生は母親に虐待されるものでしか無かった。それしか母親に構って貰うすべは無かった。だから虐待を甘んじて受け続けているのだ。
 彼女にとって唯一の楽しみは本を読むこと。彼女にたった一人だけ優しくしてくれた叔父さんが、彼女に本を読むことを教えてくれたのだ。だが叔父さんは、いつからか屋敷に来なくなった。実は叔父さんは蝶子を救おうとした挙げ句に、父の命を受けた執事、北川に殺されてしまったのだ。蝶子はそれを知ってはいたが、運命として受け入れるしか無かった。
 だが、今や茉莉絵までがその運命に巻き込まれようとしている。元来頭の良い蝶子は、この残酷な運命から妹だけでも助けようとして画策を始める。今度は叔父さんの時の様にはしない………と蝶子は悲愴な覚悟を固めている。

 こうして主要登場人物の行動動機は取り敢えず判明した。だから後はストーリーとして起こせばいいと筈だった。
 そんな時、猫田さんがディレクターとしては、そろそろ、まとまったストーリー原案が欲しいと僕に告げた。提示された期限は三日だった。
 猫田さんに提出するべく、大まかなストーリーを書き出した。この段階で蝶子の叔父さんは消え、その代わりに、蝶子の唯一の味方である女中頭『よね』が登場する事になった。旨く纏まりそうだったのだが、最後の難関が待っていた。

 未紗緒はなぜ、夫を殺し、伊佐治を引き入れ、蝶子を苦しめ。茉莉絵まで奴隷にしようとするのだろう? 夫の面影を追い求めて主人公を屋敷へ呼び寄せたのなら、なぜ夫を殺したの? なぜ伊佐治と寝るの? そもそもなぜ被虐癖のある女になったの? 僕は未紗緒について何も解っていなかったのだ。
 悪どくて色気むんむんの未亡人と言う設定で、全ての悪を未紗緒に押しつけて、なんとなく誤魔化していたツケが回ってきたのだ。

 北畠家の資産が欲しいの? それとも、支配欲の強い人だから? 蝶子を虐めるのは単なる趣味だから? 被虐癖は夫につけられたのだとしても、その夫をどうして殺したの? 物足りなくなったから?

 説明が付かなかった。何かが足りなかった。それは未紗緒の心というパーツで、これが無い限りシナリオはどんなに書き込んでも薄っぺらな物になるのは明白だった。だが何も思いつかなかった。悩んでいると三日はあっという間だった。
 取り敢えず、未紗緒は伊佐治を利用して北畠家を乗っ取ろうとしているが、伊佐治では自分の過激な性癖を満足させられないので、顔が気に入った主人公を家に呼び寄せて、伊佐治の後釜に据えようとする。………と言う風にまとめた。

 駄目だ。と思った。これでは全然駄目だ。

 僕は取り敢えず猫田さんにストーリー概略を提出した。そして、これでは駄目だということも言った。もう少し時間が欲しいと。
 だが猫田さんは、にべもなく、そんないつ浮かぶかも解らないアイデアを待っている訳にはいかないと僕に告げた。確かに、この難関をいつ頃突破出来るかなど想像もつかなかった。
 では明日まで待つ、と猫田さんは僕に告げた。
 一日でどうなるとも思えなかったが、反論する事は出来なかった。

 自分の席に帰ってしばし呆然としていた。
 問題点は解っている。だが解がわらない。
 未紗緒の行動は矛盾だらけに思えた。だが、彼女が単なる悪では無いという確信だけはあった。
未紗緒も蝶子と同じ様に心に傷を負って、それに縛られている。
その筈だ。なぜなら『女郎蜘蛛』は心を魂を縛られた女達の物語だからだ。
 だが何も浮かばない。
 思いあぐねた僕は、手近にあった推理小説を読み出した。試験期間中に読む小説や、空腹時の料理の様に、小説は心地良かった。何も考えずに読み続けた。終業時間が終わると、帰りの電車の中で読んだ。

 そして僕は見つけた。

 その小説にはトリックとして、混乱した記憶と言う物が登場した。
 二人の女の記憶を持つ、一人の女………。
 これだ、と思った。
 その瞬間。今までバラバラだった全てがぴたりと嵌った。

 シナリオライターをやっていて良かったと心の底から思った。
 幸せだった。

 翌日。幸せは続いた。
 猫田さんに出したストーリー概略は自分でも満足のいく物だった。
 猫田さんも、これならOKと満足してくれた。

 僕の周りでHAPPYが満ちあふれていた。
 だが、幸せの絶頂はここまでだった。

BY ストーンヘッズシナリオライター まるちゃん改め丸谷秀人でした。

PS        来週の『エロゲーとわたし』は?

        ついにシナリオライターの神が降りてきた。
               ありがたや
               ありがたや

           正月とクリスマスと御盆が、
           一斉に来たような幸せの絶頂。
          ああ、僕って天才なんじゃん!?

          だが、幸せの洪水は長く続かない。
          細部にこだわりまくった挙げ句に
           遅々として進まないシナリオ。
            原画家とのすったもんだ。
     そして急遽ピンチヒッターとしてめーるさんが原画となり、
     彼女もこの過酷なプロジェクトに巻き込まれていくのだった。

             ごめんね、めーるさん。
           いくらあやまっても謝りきれないね。

           どんどん薄くなる茉莉絵の影。
       蝶子のけなげ光線がシナリオライターを壊していく。
             伊佐治は卵を飲み、
            カラスはうるさく鳴き。
        北川は手に負えないほど凶悪になっていく。

        余りにも巨大で複雑になったシナリオは、
    PIL史上最悪のデバックへ人々を呑み込んでいくのだった。

       許して下さい。許して下さい。許して下さい………

        シナリオライターは出社するのが恐くなり、
       そして助っ人プログラマーのアポロ一号は泣いた。

              来週をお楽しみに。

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