『エロゲーとわたし』 連載第二十二回

 2000年10月4日。
 会社に行かなくなってなんとなくボケッとしている。
 一週間はあっと言う間に過ぎた。
 その間、『シヴィライゼーションU』の続編『アルファ・ケンタウリ』をPLAYしたり、ヴィデオボードとの愛称が悪くて『ショーグントータルウォー』が出来なくて血涙を流したり、買ってエンディングを一つ見ただけで抛って置いた『鎮花祭』をPLAYしたり『微熱情熱』『SPARK』を立て続けにPLAYしたりした。我ながら有意義な時間の使い方。会社に行ってたらこんな事は出来ない。やることなくて午後11時に寝たりもした。
 こうして文章を打つのも実は久しぶりだったりするのだ。テキスト見るのも苦痛だったりした。何かをすると言うのには意志の力が必要だと言う事をしみじみ実感する。特に『女郎蜘蛛』の事なんか思い出したくも無かった。甘い部分は殆ど書いてしまい、残りは苦い部分ばかりだったからだ。
 兎に角、パワーが湧かなかった。人間ゴロゴロしようと思えば幾らでもゴロゴロ出来る物なのだ。余りにも何もやる気が起こらないので、もう読みそうもない漫画などを整理して古本屋に売ろうなどと思い、汗まみれになって本を整理した。
 結局、頭を使いたくなかったのだ。
 流石に六年間近く続いた事が不意に終わると、エアポケットに落ちた様な心持ちがするものなのだなぁ。
 俺には恐らくある程度の規律って奴が必要なのだ。規律と締め切りと義務感が俺の背中を押してキーボードを叩かせる。実は根っからの会社人間?
 早く再就職しなければ、しかもエロゲー会社に。そうしないとこの怠惰な日々から逃げ出せない。逃げなくても心地良いんだが、金がそう在るわけじゃなし。
 それに結局、俺はエロゲーのシナリオ書くのが好きだし。
 取り敢えず一社は結果待ちだが・・・果たしてどうなる事やら。

 今は人生がどうこうとか、何千年もの因縁とかが出てくるゲーム、小説、映画なんてやる気にならなかったりする。
 それでも今週は予定ではエロゲーを六本買う予定。なんのかんのと言いつつ、エロゲーから足抜けは出来そうも無い。する気もないんだけどね。
 好きなものは好きなんだからしょうがないって奴ですか。

 さて、今回もまた『女郎蜘蛛』の話だ。もうお腹一杯うんざりです、という方もいるかもしれないが少々我慢してくださいね。あ、そんな人は最初からこのコーナーを読むわけないから大丈夫か。

 前回、シナリオを書き終わったと書いたが、ハッキリ言って大嘘であった。
 書き終わったのはアドベンチャーパートで、調教パートは未だだったのだ。
 駄目じゃん。
 だが俺の中で『女郎蜘蛛』の作業が終わった気がしてしまっていたのも、また確かだった。それこそが覚悟の足り無さであったのだ。
 いつも覚悟完了って奴が足りないのだ。
 殆ど終わった様な感覚の中で続きを書くのは骨が折れるものだが、終わったとかたわけた事を感じているのは俺だけで、実のところプログラムなどははじまってさえ居無いのだ。それに、仕事というのは美味しいところだけつまみ食いして済む物では無い。

 先ず手を付けたのは特別調教。
 此はそれなりに旨く書けた。アドベンチャーパートを書き上げた余熱の中でなんとか書き上げる事が出来た。アドベンチャーパートともある程度は関連性を持たせる事も出来た。ここまでは良かった。
 当初の予定とは違った所もあったが、俺の最初に持っていた野望に近い物になっていた。少なくともここまでは。

 この時点でも、普通の調教パートはまるまる全部残っていた。全く手を着けていなかった。頭の痛い問題だった。
 流石にこれ以上完成を伸ばすわけには行かなかった。
 ゲームは商品であり、当然会社は売り上げを元に運営される訳で、いつまでも一つのゲームの完成を待っている訳にはいかないのだ。弱小ソフトハウスには余裕なんか無いのだ。
 時間は数日しか残されていなかった。

 俺は頭を切り換えるしかなかった。
 いかに短い時間で、それっぽい物を挙げるか・・・かなり情けない切り替えだがそれしか無かった。仕方なかった。仕方ない仕方ないそんな言葉を覚えるために生まれてきたの? と中島みゆきが唄っていたが、こうして人間は言い訳ばかりが旨くなっていくのだ。

 仕方ないなんて言って、何かを変更しようとする奴には気をつけなくちゃいけない。そいつは単に其れ以上進むのが恐くなっているだけだったりするのだ。

 切り替え・・・美しい言い方だ。笑っちゃうよ。
 それは退却を転進と偽るような卑劣な言い草だ。第二次世界大戦の大本営だ。
 俺はここで負けたのだ。
 まぁ確かに現実的な言い訳は幾らでもある。
 ゲームが俺個人の物では無く大量に生産される製品の一つに過ぎないと言う観点からの現実的な言い訳は出来るが、結局、負けた事には変わらない。
 良く言う現実に負けたと言う泣き言だ。負け犬の遠吠え。
 負けと言うのは、俺がこの時点で頭の中にあった理想のゲームへ少しでも近づくと言う意志を捨てたと言う事だ。
 今振り返って解る最大の敗因は、俺の中に最早燃える物が無かった事だ。
 ここまで迷惑を掛けて完成度を上げたのだから、もう突っ走って最後まで貫き通すしかない、という燃え滾る意志と覚悟が自分の中に残って居無かったからこそ、俺は留まり続けるのが苦しい戦場からの退却を図ったのだ。

 これ以降の『女郎蜘蛛』の話は、敗北の話だ。
 俺の怯懦と疲労から始まった敗走に会社中の人間が巻き添えを食った話だ。

 ただ当時の俺は自分が退却を始めている事にすら気付いていなかった。
 現実なんだから全てが旨く行くわけじゃないから仕方ないと信じていた。
 確かに今の俺がこの事態に放り込まれたってやった事は同じだったかもしれない。でも自分が退却を始めた事は理解出来ると思いたい。
 まぁどっちにしろやる事が変わらないのなら仕方が無いのじゃないか、とも思うし、成長がないと言う気がしないでもない。どの道、ここでどんな決意を表明しようが結局、その場になってみないと解らない物だ。
 ただ、退却していると言う自覚は欲しい気がするよね。
 それすらないのは恐らく美しくない。

 俺はアドベンチャーパートと調教パートが相互に影響し合うと言う、初期構想を殆ど放棄した。調教により上昇するパラメーターの数値と、縄の掛かっている場所が上半身下半身のどちらかで、文章を機械的に割り振るシステムにした。
 なんともはや本当に機械的だ。情緒の欠片もない。
 当初の予定通りアドベンチャーパートの進行具合まで勘案して書いていたら、物凄い文章量になるのは目に見えていた。『SEEK2』の調教パート並になっていただろう。
 結局、その予想される量を俺は恐怖したのだ。書き始める前に恐怖して書き始めることすらしなかったのだ。駄目じゃん。
 こんな事は、始まる前から解っていた筈なのに、今更の様に俺は脅えた。
 そして、初期構想の放棄が現実的な賢い選択だとすら思っていたのだ。
 それとも、敗北感を隠蔽して矮小な自我を傷つけない為の自己防衛だったのだろうか。

 退却を退却とすら悟れないまま俺は方針をまとめた。
 シナリオとの整合性が無いのを悟らせない為と、作業量を減らす為に、ほとんど意味の無いほどの短い文章のみで構成する事にした。

 こうして俺は理想のゲームを作るという野望を完全に放棄した。
 この辺の所も『女郎蜘蛛』に関して多大の苦さが残る原因なのだろう。

 更に未沙緒の調教パートは、みささぎらんにHELPして貰うしか無かった。
 こんな事はしたくなかったが、会社にも余裕が無くなって来たらしく、最早我が儘は通用しなかった。仕方が無かった。
 また仕方ないだよ。この言葉は一度使うとどこまでもついてくる。
 貰うしか無いなんて、本当にそうだったのだろうか? 猫田さんにHELPを使っていいと言われたから、俺はコレ幸いと逃げただけじゃないのか?
 仕方ない? いや、違う。
 俺はそれに抗おうともしなかったのだから、会社の状態のせいにするのは間違っているだろう。
 全て俺のせいである。さっさとアドベンチャーパートを書き上げていれば、こんな事にはならなかったのだ。いや、アドベンチャーパートを書き上げた事に満足などしなければ良かったのだ。脇目も振らずに突き進めば良かったのだ。
 実際、アドベンチャーパートを書いている時には、周りの事なんてほとんど考えていなかったのだから・・・・・・。
 小さい満足のために俺は理想を捨て、周りから与えられた言い訳に縋ったのだ。
 と思う一方。
 実際これ以上粘れたかどうかは解らない。粘った所で矢張り結果は同じだったかもしれない。ソフトハウスの経営なんて不安定なものだし、ここまで延長して貰えただけでも万々歳と言う事も考えられる。
 どっちみち締め切りを守ろうねって事だ。
 締め切りが恐くて漫画家やってられっかと書いたのは偉大な吾妻ひでおだったろうか? でも漫画家は個人営業だからゲームとは違うしね。
 だけど、自分の手に負えるかどうか解らない物を目指すと言う無謀さは、恐らく喪ってはいけない物だとも思うのだ。そうしなければ越えられない物はきっとあるから。大事なのはバランスだよなどと穏健で何も言っていないに等しい結論をつけてみたりする。

 こうして、調教パートはプレイヤーがもっとも多くの時間を割くと解っていたにも関わらず、恐ろしく貧弱な物になってしまった。
 これが貧弱だと言う事は、目が曇っていた当時の俺でも流石に解っていた。
 こうして『女郎蜘蛛』に関しての苦みがまた増えた。

 妙に作り込んであるアドベンチャーパートと、貧弱極まりない調教パートの激しい落差と言う『女郎蜘蛛』のゲームとしての最大の欠点の一つがここに生じてしまったのだ。生じてしまったのだとか他人事の様に書いてはいかんね。
 俺のせいなんだから。
 でも、あんまり俺のせいと言うのを連呼するのも、自虐の唄でも歌ってるみたいで、実は宜しくない気がする。
 別にエロゲーのシナリオライターにならなくても、苦しい事は在るだろうし、ことさら露悪的に書くのは、結局は自惚れの一種では無いだろうか。
 俺が俺が俺が俺が・・・と連呼する事で顕示欲を満足させている。自分が特別な存在なんだと満足したがっている。そんな気もする。
 本当はこういう失敗こそ、軽妙にかつ淡々と書くべきなのでは無いだろうか?
 もしかしたら、こういう場所で書くと言う事自体、破廉恥な行為なのかもしれない。男は黙ってサッポロビールなんてCMが在ったのを思い出す。
 どうも、まだ『女郎蜘蛛』は過去になりきって無くて、書いていても自分でもなんだか解らなくなる。
 それでも、冷静に考えて、矢張り俺が一番悪い気はするのだ。
 少なくとも一番我が儘で、子供っぽかった事は確かだ。
 恐らく当時『女郎蜘蛛』に関わった人間の誰に聞いても、俺が一番悪いと言うだろう。それは間違いない。

 調教部分を書き上げた時、満足感が無く、ただほっとしただけだった。
 やはりアドベンチャーパートと入れ込み方が違ったせいだろう。
 だが、それでもどうにかこうにか書き上がった。
 こうしてテキストは全て揃った。

 全てのテキストがようやく揃い、その膨大なテキストとフラグとカウンターを見たディレクター兼プログラマーの猫田さんは呟いた。
「動くかどうか解らない巨大ロボットの部品を目の前に並べられたみたいだよ」

 この時点ですら『女郎蜘蛛』は完成した音楽と、作業途中のグラフィック、全く組み立てられていないテキストでしか無かった。
 先はまだ遠かったがタイムリミットは迫っていた。
 これ以上は無理だと言う最後通告と共に、またもや発売は延期された。
 残された期間は約一ヶ月。
 この次の延期は流石に無さそうだった。

 HELPのプログラマーまで動員されてプログラム作業が始まった。
 ここで一つだけいいことがあった。
 プログラマーにHELPとして参加してくれたアポロ一号さんが、シナリオを読んで泣いてくれた事。
 ちなみにアポロ一号と言う珍妙なリングネームじゃなかったペンネームは、彼がアポロチョコを好きだった所から来ている。暇があればアポロチョコを食べていたが、今も彼は痩せたままだ。羨ましい体質。
 泣いたのは蝶子エンディングの焼却炉前のシーンだった。蝶子からの手紙を主人公が読む下りだったそうだ。
「ここ泣いちゃいましたよ・・・なんか涙がこぼれちゃってね・・・」
 とわざわざ俺の席まで来て言ってくれたのだ。本当にいい人だ。
 自分の書いた物で人が泣くとは思ってもいなかったので、正直言って非常に嬉しかったのを覚えている。

 こうやって自分に気持ちのいい話で締めるのは、やはり俺の見栄なんだろうな。

BY 『女郎蜘蛛』『MAID iN HEAVEN』『ドライブ・ミー・クレイジー!!』のシナリオライター まるちゃん改め丸谷秀人でした。

         さぁて次回の『エロゲーとわたし』は?

        ついに『女郎蜘蛛』はデバッグに突入した!!
            PIL史上最悪のデバッグ。
      シナリオライターにすら把握できないフラグとカウンター
         調整するのも苦痛なパラメーターの多さ。
           矛盾が山積するシナリオ構造。
         取っても取っても湧き出してくるバグ。

         全てが混沌へ放り込まれ出口が見えない。
     いつの間にかバグチェック責任者の一人にされためーるさんは
              極度にイライラし
      他の同僚達の視線も戦犯であるシナリオライターに冷たい。

      弱気になり投げ遣りになり弱音を吐くシナリオライターを
        MR・Zの冷たい言葉が容赦なく打ちのめす。

         あんなに恐かったことは他に記憶が無い。
        今でもあの時の事を思い出すと、胃が痛くなる。

              次回をお楽しみに。

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