『エロゲーとわたし』 連載第二十三回

 2000年10月11日。
 おくさん、聴きました? なんとまぁ、この連載も次回で終わりですよ!! 
打ち切りとか言うわけではなく、いわゆるひとつの大人の事情と言う奴ですね。
10月25日付けのAM10:00くらいまでは当コーナーに対するメールもこちらにくれるそうです。
僕に文句をなり言うなら最後のチャンスです。
<会社注:26日よりホームページ担当者がかわりますので。>
 これでは、メールを欲しがっているみたいだけど、実際そうだったりして。
 あんまり人気の無いこのコーナーですが、実は数通ばかりはメールを貰ったりしていて、貰うとやっぱり嬉しいです。全部きちんと読んでいます。質問等でも結構です。10月18日くらいまでなら答えられるかもしれません。
 先週より大分気力が回復してきました。『アルファケンタウリ』の功徳でしょうか? それとも、やはりエロゲーをガシガシやった所為でしょうか?
 エロゲーっていいですねぇ。はふぅ。
 どこからともともなくあらわれるぅ♪ おさかないろのびしょうじょ〜♪
 先週の金曜日6本エロゲーを買う事になってましたが、結局は5本しか買いませんでした。なぜか懐中時計までついていたりして、初回特典も豪華になったものです。みんな頑張っているんだな。

 さて今回も『女郎蜘蛛』の話。
 僕の心理状態がどうであろうと、負け犬であろうとなんであろうと、『女郎蜘蛛』のアップ日は近づいてくる。地球は容赦なく回転する。
 普通、ストーンヘッズ社内制作のゲームは、デバッグ責任者を一人置いて、その統括の元にデバッグ作業が進められるのだけど、『女郎蜘蛛』はそうでは無かった。
何故ならシナリオがギリギリまで押してから上がったので、とにかく組み上げて動かさなければならなかったからだ。

 時間が無かったのに、『女郎蜘蛛』は難解だった。
 フラグとカウンターは余りに多く、構造は複雑。僕自身もシナリオ間の繋がりは解っていたものの、それを系統だって整理して説明するのは難しかった。
 少し条件が違うだけで、数カ所語句以外殆ど変わらないのに異なるテキストに分岐したりさせていたから、作った当人の手にも負えなくなっていたのだ。
 それでも時間があるなら、デバッグ中に構造を整理する事も可能だったろうが、時間がなかった。勿論、時間が無かったのは僕のせいである。
 取り敢えず組み上がった物は到底売り物になる物では無かった。
 これはプログラマーが悪いのでは無くて、戦犯は僕だった。
 テキストのバグはもちろん多量にあったが、より重要な問題だったのはフラグやカウンターのバグが多量にあった事だ。
 意味不明なフラグ。同一の働きを持っているのに違う名称がつけられたカウンター、フラグ。分岐条件として参照しているのに存在しないフラグやカウンター。
同一ファイル内に同じ名称の飛び先が幾つもあったりもした。そんな物が多量にあってはまともに動くはずが無い。
 長いシナリオ作業の最中に、存在しないフラグやカウンターをあると思い込んだり、フラグを作ったものの使うのを忘れ、いざそのフラグが必要になった時、違う名前をつけたりしてしまったり、後から矛盾を無くすためにテキストを書き足したりした結果だった。
 だが、とにかく、完成させなければならない。

 『女郎蜘蛛』に関わったプログラマーは3人。
 プログラム監修の猫田さん。
 メインの神尾由美奈さん。
 サブのアポロ一号さん。
 彼らは膨大なテキスト構造の把握と、フラグ、カウンター、飛び先の整理に取りかったが、ようやく構造を把握しても、今度は僕の設計ミスから発生したストーリー上の矛盾点がいくつも現れてきて、その修正、発見に追われる羽目になった。

 設計ミスの最大の例は、茉莉絵のエロシーンだ。
 主人公とラブラブになった後は、回を追う毎に濃厚なエロシーンになるようにしようと試みたのだが、僕は計算を間違えてゲーム中では絶対に会えない回数で出てくるエロシーンまで書いてしまった。
 このシーンは、ゲームのプログラムの中に、シナリオファイルを抜き出して読まない限り、埋もれたままになっている。

 僕はシナリオ上の矛盾を直すのと、誤字脱字の修正に追われた。大正時代の雰囲気を出すために漢字を多量に使ったのが仇になった。
 プログラム、シナリオが修正作業に追われると、時間に追われる中でのバグ出し作業の負担は他の人々にのしかかってくる。
 デバッグ作業の中心になったのは、比較的早めに終了した(といっても、細かい仕事はまだたくさんあったのだが・・・)グラフィッカー陣だった。
 特に原画を描いた関係で『女郎蜘蛛』のストーリーの流れを、他の人間よりは把握していた上に、神尾さんの隣に座っていた為に、バグに関する相談をプログラマーに対してしやすかったさくらめーるさんが、デバッグ作業の中心人物となったのは本人にとっては甚だ不本意だったろうが、自然のなりゆきだった。
 別に他の人が楽だったと言うわけでは無い。みな大変だったが、めーるさんは特に大変だったと言う意味だ。

 めーるさんには迷惑を掛け通しだった。いつも彼女はイライラしていた。
 原画作業の時には、僕の下手くそな絵コンテと読むと訳が解らなくなる字コンテで原画を描いて貰った上に、些細な表情の違いにまで、あれこれと僕に注文をつけられ、しかも僕の注文の付け方が具体的でなく、これじゃ駄目だこんな感じ、と言う風に雲をつかむ風で要領を得ない物だから、めーるさんを苛立たせてばかりだった。
 その上なし崩しにデバッグの責任者にまでさせてしまったのだ。

 更に一番大変で無さそうだったのが僕だと言うのも最大の問題だった。
 自分ではそんなつもりは無かったのだが振り返ると、僕が一番楽をしてたかもしれない。少なくともそう見えても不思議でなかった気はする。
 僕はテキスト作業を終えて気が抜けたままだったのだ。
 周りの視線が冷たくなっているのにすら気付いていなかった。

 僕は、もう自分が大した事をした後だと言う気にすっかりなっていたし、自分が書き上げた物が大した物だという確信があったから、態度がでかかった。僕の考えたとおりになるのが当然だと思っていたフシもあった。
 自信があるのと傲慢と言うのは違う。僕は傲慢だった。
 その癖、自分が書いたゲームを全くプレイしていなかったのだ。
 今、考えてみれば、いくら修正に追われていたと言ってもプレイする時間は、ひねり出せた筈で、実際『MAID iN HEAVEN』『ドライブ・ミー・クレイジー!!』ではデバッグにも参加している訳で、修正が多量にあったから、というのは言い訳にならない。
 結論は、ただひとつ。
 僕はバグだらけな自分の作品をプレイしたくなかったのだ。
 そういう態度と言うのは、自然とにじみ出る物で、周りの視線が冷たくなって行ったのは当然の事だったのだ。

 書いていて胃が痛くなってくる。僕の振る舞いは書けば書くほど最低だった。

 僕に対する憤懣が一挙に噴き出したのは、デバッグも末期に差し掛かったある日だった。
 僕は、めーるさんと神尾さんから、『女郎蜘蛛』の構造はアップまでの残り時間に比べて余りに複雑なので、分岐等を整理して簡略にしようと言う相談を受けた。このままでは複雑すぎて、バグの発生を押さえられないと言うのだ。
 今から思えばもっともな話だったのだが、当時の僕はそうは思わなかった。
 仕方が無いとは思ったが、自分のシナリオが破壊され、寸断されてしまうのに耐えられなかった。そんな物は僕の『女郎蜘蛛』では無いと言う思いが湧いた。
 ここで建設的な事でも言えば良かったのだが、僕はなんだかどうでもよい気分になってしまったのだ。
 周り中が『女郎蜘蛛』を完成させようと血眼になっている中で、僕はひとり投げ遣りになったのだ。
 周り中が苦労している原因の大部分が僕にあるにも関わらず、もう関係ない、整理でも簡略化でも勝手にやってくれ、僕の作った物なんてどうでもいいのさと、ふてくされた気分で思ったのだ。だだをこねたのだ。ガキだ。
 思うだけでもかなり嫌な奴なのだが、それを口にも出したから最低である。

 デバッグ末期のこの時点で、『女郎蜘蛛』がつまらないと思っていた人はデバッグをやっていた人達の中で誰もいなかったと思う。
 デバッグをやっている最中から、これは駄目だ、と思うゲームと言うのはあるが、少なくとも『女郎蜘蛛』はそうでは無かった。
 皆、これはいい物になる、いい物にしようと思ってくれていた訳だ。
 親の欲目も入ってはいるかもしれないが、『女郎蜘蛛』はそれだけの質を持っていたと思う。今でもそう思っている。
 そういう頑張りの中で、僕は投げ遣りな愚痴をこぼし始めた訳だ。
 周り中をデバッグ地獄に引きずり込んだ張本人がである。

 めーるさんと神尾さんの顔が、徐々に険悪になっていくにも関わらず僕の愚痴は止まらなかった。二人の顔の様子など気にしてもいなかったのだ。それでも建設的な事を言ってくれる彼女達に対して、僕は依然として、好きにしてください、へっへっへ(流石にへっへっへは言わなかったが、おおむねそんな態度)と言う態度をとり続け、へらへらと安っぽい顔つきで話していた。自分のシナリオが壊される事だけで、頭がいっぱいだった。
 僕の声は結構大きくて良く通るので、この醜い愚痴は当然、広くもないオフィス全体に響いていた。

 背後から声が聞こえた。

「そんなこと言ってるんだったら、帰れよ」

 静かな、だが冷たい怒りがこもった声だった。
 背筋に冷たい物を感じながら振り返るとMR.Zが立っていた。
 グラフィッカーとして参加していた彼も、全社挙げてのデバッグに当然ながら参加していたのだ。
 汚物でも見るような目で僕の事を見下ろしていた。
 普段MR.Zは、余りあれこれ言う人ではない。いつも笑っている人だ。
 だけど、いや、だから、こういう時には恐い。
 あれほど静かな怒りに満ちていたMR.Zを見た記憶は後にも先にも無い。
 僕はようやく周りの雰囲気に気付いた。
 こちらに向けられた冷ややかな視線。オフィス全体に満ちた沈黙。
 MR.Zの言葉と怒りは彼一人の物では無く、社内全体の物だった。

 自分の態度の愚かさと傲慢さと、周りの怒りに気付き逃げるように自分の席に戻った。
虎井さん(『Nails』『生足クラブ55』『ドライブ・ミー・クレイジー!!』グラフィックチーフ)が気を取り直した様に誰かにバグの症状の事で話しかける声が妙に遠くから聞こえてきた。何事も無かったような静かな声だった。
 オフィスに声が戻ってきた。
 だが誰も僕に話し掛けようとしなかった。バグの報告に来てくれる人もいなかった。古典的な表現で言えば、針のムシロの上に座っている様な心地だった。
 僕は脅えていた。基本的に小心者なのだ。
 何も手に着かず考えていたのは、ここまで信頼関係を破壊してしまったら、もう会社を辞めるしかないんじゃないだろうか、と言う事ばかりだった。
 社内で延々とイジメにあう自分を想像して気分が悪くなった。
 額を気持ちの悪い汗で濡らしたまま、僕はただ椅子に座り続けていた。目の前のモニターには『女郎蜘蛛』のテキストが表示されていたけれど、ただ表示されているだけだった。
 辞めなければ。辞めるしかないだろう。今すぐに。
 それ以外何も考えられなかった。机の周りを整理して私物を全部片づけるのにどれくらい日数がかかるだろう。一週間はかかるか? だが、一週間も会社に来る事に僕は耐えられるだろうか? 泣きたい気分だった。胃が痛くなってきた。
 だが、悪いのは僕なのだ。
 誰も話し掛けて来ないまま退社時間になった。
 デバッグの最中だったが、僕はもういたたまれなくて帰る事にした。もしかしたら猫田さんに帰ることを報告したかもしれないが、覚えていない。報告したとしても冷ややかな答えが返って来ただけだった筈だ。我が儘で得手勝手な僕に対する怒りは全社共通の物だったからだ。それとも誰かに帰るようにと言われた気もする。
 帰りの足取りは重く、会社から中目黒駅までは遠かった。

 次の日、会社に行きたくなかったが、身体は健康でデバッグ作業はまだ続いていて休む理由は何もなかった。重い足取りで出勤した。
 同僚達は内心はどうあれ、何事も無かった様な顔で僕を迎えてくれた。昨日の事には誰も触れなかった。
 めーるさんも神尾嬢も何も言わなかった。おそらく『女郎蜘蛛』の分岐やエンディングの幾つかは削られてしまったのだろうけど、それは仕方が無い事だし、僕が悪いのだと思った。僕はあの瞬間『女郎蜘蛛』を投げてしまったのだから。
 それから静かにデバッグは続いた。というか、上記の件の印象が強烈すぎて、他の事が霞んでしまったと言うのが正確だろう。

 バグは出続け、カウンターやフラグの動作は完全に把握できないままだったが、完璧とは程遠いものの、どうにかこうにか形にはなってアップ日となった。

 最後の日。僕は初めて『女郎蜘蛛』をプレイした。
 恐かった。とんでもない愚作だったらどうしようかと今更ながら思った。シナリオを書いていた頃の確信はとうに無くなっていた。
 確か僕が迎えたエンディングは、茉莉絵が桜の散る中で手を振っているエンディングだったと思う。
 作った本人が言うのもなんだが・・・正直言って面白かった。自分が作ったのでないなら、様々な欠点はあるものの金払って買ってもいいと思った。僕はようやく少しだけほっとしたのだった。

 こうして『女郎蜘蛛』は世に出た。

 そして僕は初めて、バグだらけで滅茶苦茶やばかった部分を除いて、僕の書いたシナリオがほとんどそのまま使われているのを知った。
 結局、めーるさんと神尾さんはシナリオを削らなかったのだ。
 僕は彼女達の考えも気持ちも何も解っていなかったのに、彼女達は僕が『女郎蜘蛛』に対して持っていたこだわりを良く解っていたのだ。
 それは、また、あの時点で、投げ遣りになっていた僕に比べて彼女達の方が『女郎蜘蛛』を愛してくれていたと言う事でもあるだろう。
 ディレクターである猫田さんも含めて、この三人には頭を下げるしかない。

 売れ行きから見た場合『女郎蜘蛛』大した作品では無い。
 PIL、JAMブランドから出たゲームを売り上げ順に挙げていくと『SEEK』『ソドム』『MAID iN HEAVEN』『PILcaSEX』『My Girl』『WAM』『REVOLVER』『地獄SEEK』『ラストチャイルド』で、ようやくその次が『女郎蜘蛛』(DOS版、WIN版合わせて)である。一連のPIL作品の中では明らかに売れていない。
 <会社注:そんなことないデス。丸谷さんの勘違いです−。(^^;>
 だから原画集の話も無く、リマスターの話も無かったのだ。
 当時のPILのブランド力からすれば、もう少し売れても良かったと思うのだが、縄でSMと言うのは濃すぎたのだろう。ある程度冷静になった今なら解る。
 だが、当時の僕はなぜ売れないのか解らなかった。『PILcaSEX』よりは売れてもいいのにと、悔しかった。
 エロゲー業界全体を見回せば『女郎蜘蛛』より売れていない作品の方が圧倒的に多いと言う事は知っていたが、それでも悔しかった。

 僕がゲームの発売本数を気にするようになったのは当作品以降である。
 売り上げとか市場とか何も考えず、ただ無邪気にシナリオを書いた最後の作品だったのかも知れない。

 売り上げ的には振るわなかった『女郎蜘蛛』も、インターネットの一部の会議室では、それなりに人気があったらしく、SM調教ゲーム(正確には美少女縄縛アドベンチャー)であるにも関わらず、ある会議室の1997年度のベストエロゲー投票で5位に入ったりもした。意外であり、かつ少しだけ認められた気がしてとても嬉しかった。
 もっと意外だったのは、同じ催しで歴代ベストキャラの5位に蝶子が入った事だった。処女じゃ無いから、キャラ萌えを起こす人などほとんどいないだろうと思っていたのだ。売れなかったけど救われた気がした。

 そういう意味ではゲームと言う物を通してユーザーの事を考えた初めてのゲームでもあったかもしれない。

 『女郎蜘蛛』が教えてくれた最大の教訓は、『はじめたら最後まで投げない』という事だった。

 最後に『女郎蜘蛛』に参加してくれた全てのスタッフへ。

          めーるさん。神尾さん。猫田さん。
    キリヤマさん。MR.Z。アポロ一号さん。虎井さん。満蔵さん。
  BOKEさん。みささぎらんさん。朱音さん。伸びまくる締め切りに内心の
  怒りを隠しつつプリンの差し入れをしてくれたバルサン保坂さん。佳貴さん。
                 社長。
    それから最高のオープニング曲を作曲してくれた久保誠さん。

         ごめんなさい。そしてありがとう。

        そしてプレイしてくれた全てのユーザーへ。

               ありがとう。

BY 『女郎蜘蛛』『MAID iN HEAVEN』『ドライブ・ミー・クレイジー!!』のシナリオライター
 まるちゃん改め丸谷秀人でした。

         さぁて次回の『エロゲーとわたし』は?

      今回はやたらと話が重かったんで軽く行こうと思うんです。

                最終回。

              次回をお楽しみに。

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